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「起業家を育てるのは、市場と顧客以外の何物でもない」
「起業家を本当に育てるのは、市場と顧客。
メンターでも、支援者でも、誰かのコミュニティでもない」
そう教えてくれた起業家がいた。
もちろん、人に相談することは大切だ。
自分より経験のある人から学ぶことも、強い環境に身を置くことも、とても価値がある。
でも最後に起業家を鍛えるのは、顧客に選ばれるかどうかという現実だ。
市場に出して、反応があるのか。
お金を払ってもらえるのか。
期待ではなく、実際に価値として受け取ってもらえるのか。
その話を受けて、自分が本来的な戦場から、「逃げている」ことに気が付いた。
何があったのか
ある起業支援の枠組みで、資本政策に納得できない部分があったが、支援策も含めてとても魅力を感じて、受け入れそうになっていた。結局それは踏みとどまったが、その経緯を話したときにされたのが、先ほどの忠告だった。
最初は、冷静に見て受け入れられないと思っていた条件で、その違和感は最後までぬぐえなかったが、
徐々に「この場にしかない価値がある」と信じるようになり、「Pricelessなものなら、単純に高い・安いでは測れないのかもしれない」という解釈が、自分の中で支配的になった瞬間があった。
欲しくなると、自分を無理やり納得させにいく。誤謬
「ほしい」気持ちが「懸念」を超えたとき、自分は「相手の事情」を理解してあげないとと思うようになっていた。
「こういう仕組みだから仕方ない」
「悪意があるわけではないはず」
「だますつもりではないだろう」
「きっと、この人たちにもこの人たちなりの合理性があるのだろう」
そう考えていた。
元々、私は相手の事情に寄せて解釈しすぎるところがある。
相手に悪意がないことを前提にする。
相手もきっと善意でやっているはずだと思う。
自分が感じた違和感よりも、相手のロジックを理解しようとしてしまう。
それ自体は、悪いことばかりではないし、多分普通に生きていればいいことが多い。
人を信じること。
相手の背景を想像すること。
一方的に疑わないこと。
それは、自分の大事なあり方でもある。
でも、「自分でビジネスをやる」となると、それは非常に弱いスタンスだった。
不安は、価値にもなるし、弱点にもなる
ぴよぴよの自分は、ほしいが懸念の閾値を超えたとき、最終的に「相手に悪意があるかどうか」を最後の砦にしていた。
しかしそれは誤った判断軸だと気づいた。
なぜなら、人を動かす力・社会的地位を持っている人は、その力を善にも悪にも使えてしまうからだ。
そして本人が悪だと認識していなくても、結果として、相手の不安や弱さを利用する構造になることもある。
これは、悪意性が低いから、かなり怖いことだと思った。
人の不安を解消することは、ビジネスとして当然価値がある。
迷っている人に、道筋を示す。
孤独な人に、仲間を提供する。
自信のない人に、背中を押す。
わからない人に、経験や知見を渡す。
それは価値だ。
でも一歩間違えれば、不安につけこむことにもなる。
「あなたは一人ではできない」
「ここに入らないと成功できない」
「この人たちについていけば大丈夫」
「今決めないと機会を失う」
そういう空気の中で、人は判断力を失う。
そして起業前の私は、まさに不安を抱えていた。
自分は本当に起業できるのか。
事業をつくれるのか。
経営者になれるのか。
誰かに導いてもらわないと、前に進めないのではないか。
そういう弱さがあった。
その状態は、外から見ればかなり無防備だったのだと思う。
誰かが自分を守ってくれるわけではない
このことに気づいたとき、恥ずかしさと同時に、急に目が覚めるような感覚があった。
誰かが自分を守ってくれるわけではない。
自分の会社も、自分の人生も、自分で守らなければいけない。
人に頼ることは大事だ。
意見を求めることも大事だ。
経験者に相談することも、これからもやめたくない。
でも、人に頼ることと、主導権を渡すことは違う。
ここを混同してはいけないのだと思った。
頼ることは、自分の判断を強くするためにある。
主導権を渡すことは、自分の判断を他人に預けることだ。
この二つは、似ているようでまったく違う。
人に頼りながら、主導権は渡さない
私はもっと強くならなければいけないと思った。
それは、誰も信じないということではない。
人に相談しないということでもない。
全部を一人で抱え込むということでもない。
むしろ逆だ。
人に頼りながらも、最後の判断は自分で持つ。
意見を聞きながらも、自分の違和感を消さない。
相手のロジックを理解しながらも、自分の人生の主導権は渡さない。
その強さが必要なのだと思った。
ライオンになれなくても、せめて蛇になる
正直、いきなりライオンのようにはなれない。
大きくて、強くて、堂々としていて、誰にも食べられない存在。
そんなふうにすぐになれるわけではない。
でも、せめて蛇にはなりたい。
小さくても、すばしこい。
目立たなくても、戦略的。
簡単には捕まらない。
相手から見たら、少し怖い。
大きな力で相手を倒せなくてもいい。
でも、簡単に食べられる存在ではいたくない。
無防備なウサギのまま、ビジネスの世界に出てはいけない。
不安そうにして、誰かに答えを求めて、差し出されたものにすがるだけではいけない。
弱さを見せること自体が悪いわけではない。
弱音を吐くことも、助けを求めることも、人間としては必要だ。
でも、弱っているときほど、自分の主導権を手放さないようにしなければいけない。
自分の人生のシェアを守る
今回の出来事は、自分の甘さを思い知らされる経験だった。
でも同時に、起業家として最初の筋肉がついた感覚もある。
誰かに育ててもらうのではない。
市場と顧客に向き合うことで、自分で育っていく。
誰かに守ってもらうのではない。
自分の違和感を信じ、自分の主導権を自分で守る。
起業家を育てるのは、市場と顧客。
そして、自分の人生のシェアを、簡単には渡さないと決める経験なのだと思う。